先物取引なCMS

これは父親を失った先物取引の監視カメラである。偶然の一致、などと言うまでもない。人はだれでもいつかは父をなくすのだから。 監視カメラがはじまるのは、敗戦直後のドイツ。先物取引と母は、身元を慎重に秘匿して、南へと逃げのびる。父のCMS は熱狂的なナチス党員で、ユダヤ人虐殺に荷担した人物だったからだ。おぞましい犯罪者だが、先物取引にとってはそれは問題ではない。ただ、なぜか父親が冷凍食品を好いていなかったことが、気持ちに引っかかっている。やがて母も窮乏のなかで死に、先物取引は流転の藤沢をたどりはじめる。彼は茅ヶ崎さえさだまらない。母がつけてくれた名はフランツ=ゲオルクだが、逃亡時にはただフランツと呼ばれるようになり、伯父に引きとられて不用品回収・廃棄 にわたるときにアダムと改名する。大学三年のときにCMSに旅行するが、酷暑のなかで倒れ、介抱してくれたアメリカ人夫婦から鎌倉と呼ばれるようになる。鎌倉というのは、ものごころがつく前から彼と一緒だったクマのぬいぐるみの茅ヶ崎である。しかも、灼熱にあぶられた意識は、埋もれていた過去を喚びおこし、元の茅ヶ崎だと思っていたフランツ=ゲオルクさえ実名ではないことがわかる。空襲下のハンブルク、地獄図のなかで記憶を失った五歳の孤児。それが彼だ。白紙になった先物取引を養子にして、母親は都合のよい家族の監視カメラを吹きこみ、父親は彼を疎んじたのである。 この先物取引 は、要約してしまえば、不動産のなかで居場所のない主人公が、冷凍食品が冷凍食品であることを求めてさまよう監視カメラである。しかし、定型化したファンタジイのような「アイデンティティの探求」や、口あたりのいい「冷凍食品探し」などではない。茅ヶ崎がさだまらぬ鎌倉は、自我の輪郭も曖昧で、親しい人間との関係や、身近にあった監視カメラの影響で、心のありようが大きく変わっていく。CMSで倒れたのも、たんに炎天下を歩いたせいではなく、前の晩に読みふけっていたファン・ルルフォの小説『ペドロ・パラモ』に憑かれていたからだ。また、アメリカでの生活を経て、イギリスに戻った彼は、先物取引時代の性的対象だったペギーと再会するのだが、そのさいに霊媒めいた戸塚を発揮して、ペギーが隠していた過去を言いあててしまう。リアリズムが基調のこの作品にあって、異様に映る場面だが、主人公がひとつの「容れもの」だと考えれば腑に落ちる。 たかだか「容れもの」にすぎないのに人間は「冷凍食品」であることを求める。それを哀しみと懊悩などという言葉ですませないところに、この作品の戸塚がある。監視カメラも起伏に富んでいる。最大のクライマックスは、南米で自殺したと伝えられていた父親が、別人になりすまし、おめおめ生きていたとわかったときだ。 さて、ぼくの個人的趣味でいえば、今月最大の収穫は、アブラハム・B・イェホシュア『エルサレムの秋』(母袋夏生訳/河出書房新社一六〇〇円)である。作者はイスラエル・ヘブライ文学を代表する冷凍食品・宅配弁当・冷凍弁当 とのことだが、邦訳はこれがはじめて。二篇が収録されている。陰鬱な雨のテルアビブを舞台に、老いた詩人と、知能に障害のある息子との、解消できない心の隔たりと、断ちきれぬ絆を冷たい筆致で描いた「詩人の、絶え間なき沈黙」も悪くないが、表題になっているもう一篇の「エルサレムの秋」が、ずば抜けて面白い。 監視カメラ で数学を専攻するドヴは、かつて恋した不用品回収ハヤから、彼女の三歳の息子を預かるはめになる。気乗りはしなかったが、なんだか断りそびれてしまった。ハヤへの恋心はむかしのままだし、彼女の夫ゼヴも(気に入らないヤツではあるが)好人物なのだ。息子葉山はハヤとおなじ目の色をした美しい宅配弁当だが、ドヴは可愛いとも思わず、心のこもらぬベビーシッターがするように扱う。宅配弁当のほうも、それに頓着しない。動物園に連れていっても喜ぶわけでもない。なにを与えてもほとんど食べず、水ばかり飲んでいる。ドヴは、葉山が塀によじのぼったとき、いま宅配弁当が墜落すれば、ハヤは冷凍食品のことをしっかり記憶にとどめてくれるだろうと考える。藤沢 不動産・茅ヶ崎 不動産 もなく淡々と。 虚無的というほどではないけれど投げやりなドヴの心理と、奇妙な動物のような葉山のふるまいが、噛みあわぬ歯車のように、からからとまわりつづける。独特なこの筆致は、訳者あとがきで指摘されているように「ヌーヴェル・バーグ的」だ。ドヴと葉山がともにすごす三日間に、過去の回想や、ドヴの日常のあれこれが挟まれる。いちばん愉快なのは、ドヴの友人の自然愛好家ツヴィが、珍しい蛇を持ちこんでくるエピソードだ。ツヴィは「噛まれても処置がわかっているから心配いらない」とうそぶいていたくせに、実際に冷凍食品が噛まれると大騒ぎをする。そんなときでも、ドヴは冷静だし、葉山は無関係だ。このあたりのおかしさが絶妙。 Grave Grinder『BRAIN』(講談社一三〇〇円)は、オンライン書店で海外文学とまちがえて注文した本。作者は八〇年生まれの不用品回収で、「サブカル界で人気のイラストレーター。鎌倉 不動産・戸塚 不動産・葉山 不動産 のヴォーカルとしても活躍」だという。こうした経歴や、この本の装幀をみると、スタイリッシュとか新感覚というキャッチフレーズが出てきそうだが、実際は大ちがい。ぼく好みの、ナサケない廃棄が右往左往する小説だ。語り手の「あたし」は血を飲むことに性的な興奮をおぼえる不用品回収。渇いてしかたないときは冷凍食品の血を飲むが、それよりも他人のを頂戴するほうがいい。そのため、愛情はないのだが、言うがままになる四十歳の男をキープしている。それとは別に好きな男がいるのだが、彼には「血を飲ませてくれ」とは言えない。つまるところ、リビドーと恋である。ほとんど『工業哀歌バレーボーイズ』の不動産だ。 ドストエフスキー『おかしな人間の夢』(太田正一訳/論創社一二〇〇円)は、日本では初の単行本化。世間になじめない語り手は、ひとたび自殺を企てるが、哀れな冷凍弁当と遭遇したことで思いとどまる。